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2010年8月31日 (火)

☆『オオカミおばさん たべちゃダメ!』

(文:シェーン・ロディ  絵:セリーナ・ヤング  訳:泉山真奈美  刊:小学館(2002))

 おなかがぺこぺこのオオカミおばさん。アヒルのたまごを見つけたけれど、このまま食べてはもったいない。孵して、育てて、大きくしてから食べましょう。ところが、生まれたアヒルの赤ちゃんが、オオカミおばさんをママだと思いこんでしまいました!(インプリンティングですね)
 おいしく食べるために育てることと、心身共に元気に育てることって、とてもよく似ていたのですね(^^;)。
 食欲と母性愛(?)、どちらが勝ったかは、読んでのおたのしみ。って、もうタイトルを見たときから、どっちになるかはわかってしまうのですが。でも、食べるはずが食べられなくなってしまう話はほかにもあるでしょうけれど、おなかがぺこぺこだけれど、どこかおっとりしたおばさん、というのは、新鮮でした。
 6才のむすめは、以前はこういう食べられてしまうかどうかみたいな話は読みたがらなかったのですが、最近楽しめるようになりました。成長したものです。(2002.12.4読了)

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2010年8月30日 (月)

『化石をみつけた少女』

(作:キャサリン・ブライトン  訳:せなあいこ  刊:評論社(2001))

 メアリー・アニング物語という副題がついています。内容は、正副のタイトルから推測されるとおり、メアリー・アニングという少女が、科学的価値のある化石を見つけ、掘り出すまでのお話です。聖書の世界の中で生きてきた少女とその弟にとって、世界はどうやら聖書に書かれているより前からあったらしいというのは、どれほどの驚きだったでしょう。その発見は、世界の歴史を変えたと言ってもいいほどのことだけれど、そのときには少女はそのことに気づいていなかったのです。ただ、母を助け、生活の糧を稼ごうとしていただけで。彼女の助けになってくれた人たちがいてくれたことも、幸いでした。励みになるような絵本です。

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2010年8月29日 (日)

☆『おうちがいっけんありました』(Who Lives in this House?)

(作:柳生まち子  刊:福音館書店(2000))

 「こどものとも年少版」277号です。
 まりちゃんが歩いていくと、おうちがいっけんありました。まりちゃんは、おうちのなかで花をかかえた誰かに会います。あっ、ぶたさんだ。次は、シャワーを浴びている誰かさん。あっ、かえるさんだ。まりちゃんは次々おうちの住人と出会い、みんなでお茶会を楽しんだのでした。
 家の住民は、一人ずつ、まず顔が見えない姿で現れます。それから顔が見えて、「あっ、○○さん」。そう、子どもが大好きないないないばぁのパターンですね。最後まで読んで表紙に戻ったら、実は誰が住んでいるのか、家の前の気でわかったんですね。まりちやんも、帰りに気がついたかな。(2000.8.9読了)

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2010年8月28日 (土)

『ふしぎなヨットのかいぞくやまねこ』

(作:斉藤洋  絵:おおのあきこ  刊:小学館(2010))

 ある日、うみねこのおよめさんがほしくなったやまねこは、お相手を探しに海に来た。でも、うみねこっていうのは、ねこじゃなくて鳥だよと笑われたやまねこは、ねこのうみねこ(?)を探しに、ヨットに乗り込んだ。ところがそのヨットは、ふしぎなことが次々起こるヨットで……
 とぼけた味のお話です。およめさん探しの旅は終わっていないので、やまねこのお話も、まだまだ続くかもしれません。

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2010年8月27日 (金)

☆『おうさましかのものがたり』

(原作:シートン  訳:内山賢次  案:関英雄  画:松下紀久雄  刊:福音館書店)

 「こどものとも」3号です。
 子どもの頃読んだシートンの物語には、重々しい風格を感じたものでした。それを思うと、もう少しいのちの重さを感じられる文章だとよかった。特に最後が慌ただしく、あっけない感じ。

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2010年8月26日 (木)

『小さな王さまとかっこわるい竜』

(作:なかがわちひろ  刊:理論社(2010))

  一年中雨降りの国の王さまは、まだこども。代々の王さまが気前よかったおかげで、王さまのものと言えるのは、紙の王冠と小さなカッコ悪いりゅうくらい。代々の王さまたちのように、自分も国のみんなに何かをプレゼントしたいと思った王さまは、旅に出ることにするけれど……
 小さいけれど、王さま。かっこわるいけど竜。となれば、この二人でなにかを成し遂げる話だろうなと思います。でも、こうくるとは……
 予想を裏切り、期待を裏切らないすてきなお話です。

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2010年8月25日 (水)

☆『琥珀の望遠鏡』

(作:フィリップ・プルマン  訳:大久保寛  刊:新潮社(2002))

 黄金の羅針盤』『神秘の短剣』の続編です。
 「黄金の羅針盤」と「神秘の短剣」を手に、旅を続けるライラとウィル。前作で別れ別れになった2人は、それぞれの旅を続ける。ある勢力には「イブ」と予言されたライラ。そのライラを「へび」と出会わせないために、ライラを狙う追っ手。そして、「へび」にも刺客が差し向けられる。いくつもの世界が交差し、いくつもの勢力がそれぞれの利益を守るため、熾烈な戦いを繰り広げる。自分の世界のため、ライラを亡き者にしようとする者たち。世界を救うため、ライラを守る者たち。その中で幾人もが自分の選択を行い、流れを変えていく。乗り越えるために必要なのは強い意志。そして、思い。
 告白すると、前作を読んでから一年半が過ぎ、これまでの物語の細部どころか、かなり大筋の部分も記憶から抜け落ちた状態で、本書を読みました。おかげで、読んでいるあいだ、「ええと、これ、だれだっけ?、なんでこんなところにいるの?」の繰り返し。でも、前作を繰るより、先に進むことを選びました。たぶん、ライラならそうするように。ウィルだったら、立ち止まって考えるように思いますが。振り返るよりとにかく今は読み通したい。それから、3冊続けて読み返そう。そう思わされるだけの力のある物語でした。
 前作の感想に、「世の中がきれい事ばかりでないのは十分承知していますが、それでもこの物語が、世界には美しいもの、信頼すべきものもたくさんあるのだ、という方向に進んでくれることを祈っています。」と書いているのですが、うれしいことに、その思いは叶えられました。あの時感じていた無力感、無常観は、そこで終わるものではなく、作者は本書でちゃんと抑圧のあとの解放を用意していてくれたのでした。ライラの真理計もウィルの短剣も、迷いがあると使うことができません。迷わず、進め。今なすべきことをせよ。自分を信じて。自分が信じた者を信じて。自分のために。自分を信じる者のために。もう一度、三作通して読んで、改めて自分の中でまとめてみたいと思います。(2002.3.11読了)

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2010年8月24日 (火)

☆『神秘の短剣』

(作:フィリップ・プルマン  訳:大久保寛  刊:新潮社(2000))

 『黄金の羅針盤』の続編です。
 アスリエル卿の架けた異世界への橋を渡ったライラは、その世界で、また別の世界から来たウィルという少年と出逢う。真理計に示された彼の正体は「人殺し」。でも、それはこれからの彼女には必要な仲間だということだ。助けとなる知識もたくさん持っているようだし。しかも、真理計は彼が自分の父親を助ける手伝いをするよう告げる。ライラとウィル、魔女たち、気球乗り。それぞれが自分に必要な冒険を続けていく。果たすべき役割のために。大きな戦争が近づいているのだ。
 ライラを芯として、物語は様々な方向へ広がっていきます。新たな出会い、新たな知識、新たな力。そして、多くの死。
 まだまだこれから仕事のありそうな人たちが次々死んでいって、びっくりしています。それと、ライラとウィルが出逢った世界での、子ども達の目の前でその親たちが意志を奪われていく事件。直接的に命を奪われるのもショッキングな出来事ですが、親がそこにいるのに、危機にある自分を助けてくれないというのは、もっと深いショックなのではないでしょうか。ライラもウィルも、親に守ってもらえない子どもです。それどころか、親ゆえに身の危険にさらされている。一方で、彼らを助けてくれる他人がいる。人間不信と信頼が渦巻く世界です。それは本の外の世界でも同じなのだけれど、ライラたちが生きる世界では、それがとてもはっきりと見えてしまう。世の中がきれい事ばかりでないのは十分承知していますが、それでもこの物語が、世界には美しいもの、信頼すべきものもたくさんあるのだ、という方向に進んでくれることを祈っています。
 ところで、「ライラの冒険シリーズ」というシリーズ名がつけられているのですが、原題はどうなのでしょうか。この名前では、「タンタンの冒険」のように、いろいろな場所で冒険することが主テーマの、いわゆるシリーズ物、つまり、それぞれには全体的な連続性はあるものの、一冊飛ばして読んでも大丈夫なような印象を受けるのですが。(2000.5.29読了)

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2010年8月23日 (月)

☆『黄金の羅針盤』

(作:フィリップ・プルマン  訳:大久保寛  刊:新潮社(1999))

 幼くして両親に死に別れ、オックスフォード大学のジョーダン学寮で育ったライラ・ベラクアは、彼女のダイモン(守護精霊)のパンタライモンとともに、子供らしい奔放な日々を送っていた。しかし、ある日、美しい女性が彼女の教育を引き受けたことから、ライラの運命は急転する。さらわれた子ども達を、監禁された彼女の本当の父を救いに、ライラは北の国に赴く。真理計に導かれ、まだ、おのれの運命を知らぬまま。
 少女の主人公が庶子で、しかも本当の両親が決して「いいひと」ではないというのは、ファンタジー小説ではめずらしいのではないでしょうか。ライラ自身も、いわば、予言された、選ばれた少女ではあるけれど、おおよそ高尚なキャラクターではありません。でも、逞しく運命を乗り越え、切り開く力を持っている。いや、それも運命なのかもしれないけれど。
 全体がダークな雰囲気で、誰にでも勧められる本ではないと思いましたが、力に溢れる、心惹かれる世界であると断言できます。(2000.5.20読了)

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2010年8月22日 (日)

『おとなりさんは魔女』

(作:ジョーン・エイキン  訳:猪熊葉子 刊:岩波書店(2010))

 『アーミテージ一家のお話』全三巻の一です。結婚するときに奥さんが、退屈しない日々を願ってしまったばっかりに、ほぼ毎週月曜日にはとんでもないことが起きることになってしまったアーミテージ家の日々のお話を集めた短編集です。以前その一部が『とんでもない月曜日』というタイトルで出ていました。
 ユニコーンが出てきたり、魔女に食べられそうになったり、妖精を怒らせてしまったり。とんでもないけれど、ほのぼのしたお話です。

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2010年8月21日 (土)

☆『おいていかないで』

(作:筒井頼子  絵:林明子  刊:福音館書店(1981))

 小さい妹をおいて虫取りに行きたいおにいちゃん。おいていかれまいとする妹。兄弟のいる人なら身に覚えのある光景です。子どもはむすめ1人なので、我が家にはない風景と思いましたが、そうそう、むすめと私でもこういうことはあるなぁ。むすめはどう思っているか知りませんが。
 おとなが読むと、ふふふっと懐かしい一冊、現役(?)の目にはどう映るのでしょうね。(2002.4.24読了)

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2010年8月20日 (金)

☆『おいしそうなバレエ』

(作:ジェイムズ・マーシャル  絵:モーリス・センダック  訳:さくまゆみこ  刊:徳間書店(2003))


  知らない通りにやってきたはらぺこのオオカミは、すてきなにおいに気がついた。そう、間違いない、これはブタのにおい。においに導かれてたどり着いたのは劇場。『白ブタのみずうみ』だって? もらったチケットで観たバレエにすっかり魅せられちゃったオオカミは……
 人はパンのみにて生きるにあらず。もちろん、オオカミも(あ、そもそもパンは食べないか)。でも、明日からどうするの? まあ、好きになっちゃったものはしょうがないか……(2005.10.12読了)

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2010年8月19日 (木)

☆『おいしい野草』

(文:丸山尚敏  絵:高森登志夫  刊:福音館書店(1992))

 「みるずかん・かんじるずかん」というシリーズの中の一冊で、タイトル通り、食べられる野草の本です。葉の時期、花の時期の姿が、美しく写実的に描かれています。巻末には食べ方を添えた索引と解説があります。
 いつものことながら、図書館で借りた本なので、ぜひ手元において持ち歩きたいと思ったのですが、残念ながら在庫切れになっていました。(2001.10.24読了)

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2010年8月18日 (水)

☆『おーい カナブーン』

(文:アーサー・ビナード  絵:沼野正子  刊:福音館書店(1998))

 「こどものとも年少版」257号です。
 でっかいカナブンをおっかけて、おいらは「どこかしらこうえん」の薄暗い森の中へ。ここはちょっと不思議な世界。マッシュモーグラーやらゴッツリープやらチャイタイムラーなんていうモンスターたちが住んでいる。
 どんな調子で読んであげるといいのか迷ってしまい、こどもが持ってくるとちょっとどきっとするのですが、、「おいら」の表情はなかなか楽しい本です。

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2010年8月17日 (火)

『いつもだれかが……』

(絵:ユッタ・バウター  訳:上田真而子 刊:徳間書店(2002))

 おじいちゃんが男の子に自分の人生を語っています。おおむねいい人生だった。運が良くて。どうやら、おじいちゃんには助けてくれる天使がついていてくれたらしい。避けようのない悲しみもあったけれど、でも、とても幸せだったと語って、おじいちゃんは目を閉じる。
 天使がいてくれたから幸せだったのか、幸せを感じられる子だったから、天使がいてくれたのか……
 優しい気持ちになれる絵本です。

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2010年8月16日 (月)

☆『えんの松原』

(作:伊藤遊  画:太田大八  刊:福音館書店(2001))
 わけあって女童音羽として平安京に使える少年音羽丸は、偶然同じ年頃の東宮と出会う。少女と見まごうばかりの優しい顔立ちの東宮憲平は、怨霊に苦しめられていた。両親を取り殺されたことから、なによりも怨霊を恨んでいる音羽丸は、憲平を救うため、怨霊の正体を探る。そして、憲平を苦しめているものの真実を知る……
 ハッピーエンドが好きだ。一所懸命な人たちが好きだ。とくに、勇気を持って、マイナスに立ち向かう女の子が好きだ。音羽丸も憲平も男の子だけれど、必要にせまられて女の子の姿をすることがある。憲平に仕えているはずが、どっちが主君がわからない態度の夏君も名前のない少女も、自分が女の子であることと闘っているようだ。ジェンダーをテーマにした話として書かれたわけではないと思うのだけれど、物語の中で、女か男かということは、たいへん重要な意味を持っている。
 闘いを肯定するわけではない。だけど、ただ、諦めて、負けていてはいけない。生まれたからには、いいや、生まれられなかったとしても、存在している限り、自分を捨ててはだめだ。精一杯に生きよう。それが、生まれられなかったものたち、生き続けられなかったいのちたちへの、生者からのせめてのはなむけだから。(2002.12.18読了)

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2010年8月15日 (日)

☆『えんにち』

(絵:五十嵐豊子  刊:福音館書店(1977))

 「こどものとも」209号です。
 絵だけの本です。縁日の日、屋台の組み立てに様子や、たくさんの夜店が描かれています。色つきのひよこもいます。この本を見ていると、縁日というのは、変わりそうで変わらない、変わらないようで変わっていく、そんなイベントの一つのようです。(2002.12.12読了)

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2010年8月14日 (土)

『はなおとこ』

(作:ヴィヴィアン・シュワルツ  絵:ジョエル・スチュアート  訳:ほむらひろし  刊:偕成社(2009))

 鼻に足がはえている、はなおとこ。自分の居場所を探しに旅をする、『ぼくを探しに』というか、『ビッグオーとの出会い』的なお話です。(古い?) だまし絵的に鼻が顔のパーツに見えような画面になっているので、顔探しが面白い反面、自分の居場所探しというテーマ(があるのだと思うのだけれど)は、軽くなりがちかも知れません。そこにこそ、深さがあるのかも知れないけれど。

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2010年8月12日 (木)

お盆の風景

 市内を車で移動していたら、提灯を持っている人を見た。近くには卒塔婆を持った人も。
 少し行ったら、また同じようなグループ。
 あとで人に聞いたら、この辺りではお盆に迎え火を焚くのではなく、提灯を持ってお迎えに行くのだそうだ。
 この地に越してきて10年以上になるけれど、住んでいるのが団地なので、これまで見たことがなかった。そういえば、この辺りには、まだ住宅地の中に小さな墓地がいくつもある。長く暮らしている人たちは、ご先祖様はいつも近くにいると、感じながら過ごしているのかもしれない。

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☆『エンソくんきしゃにのる』

(作:スズキコージ  刊:福音館書店(1986))
 「こどものとも」364号です。
 エンソくんという男の子が、初めて一人で汽車に乗って、おじいさんのところに行く話です。
 スズキコージの絵って、どこか怖いのです。目のせいかな。絵の枠線の中に、なにかが閉じこめられていて、それが盛り上がっているような。というわけで、なんとなくなじめないのでした。力がこもっているとか、あふれているというのは決して嫌いではないので、どこか波長が違うのだと思います。(2003.1.16読了)

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2010年8月11日 (水)

☆『エングラシアおばちゃんのおくりもの』(A PRESENT FEOM AUNT ENGRACIA)

(文:マリオ・モンテネグロ  絵:オルガ・マラディアガ  訳:まつもととおる
刊:福音館書店(1999))
 「こどものとも」519号です。
 エングラシアおばちゃんは、毎日針仕事に精を出しています。作っているのはロバのグリセリオの結婚式のための贈り物。ところが、明日はいよいよ結婚式だというのに、大事な針仕事の道具がみつからない。これではお祝いのテーブルクロスができあがらない。必死で探すエングラシアおばちゃん。心配して、ねこやらはちどりやら、むかでやらあおしぎやら、さまざまな生き物たちが捜索に加わります。そして...
 ロバのために結婚式の贈り物を用意するおばちゃん。手伝いをする様々な生き物。命あるものはすべて仲間なのだという想いの強さが伝わってきます。(2000.6.27読了)

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2010年8月10日 (火)

☆『えんぎかつぎのだんなさん』

(話:桂文我  絵:梶山俊夫  刊:福音館書店(2004))
 ごふくやのだんなさんは、えんぎかつぎで有名。「かみ」はいいけど「しも」はだめ。「あがる」はいいけど、「さがる」はとんでもない。こんなだんなさんだから、「こめあげざる」という名前が気に入って、これを買ってやろうとざる売りを呼びました。でっちさんたちから、だんなさんを喜ばせば、おこづかいがもらえると入れ知恵を去れ、「あがる」を連発してだんなさんを喜ばせたけれど……。
 落語を元にした絵本です。とぼけた絵が話にあっていて、とても楽しめます。(2005.3.23読了)

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2010年8月 9日 (月)

『まよわずいらっしゃい』

(作:斉藤洋  絵:奥江幸子  刊:偕成社(2010))
 七つの怪談シリーズ第3弾です。
 小学生の隆司は、大学の研究室で毎月開かれている怪談クラブに参加し、会員たちの語る物語を聞く。今回は乗り物がテーマ。隆司自身が披露する口さけ女の話から始まる、七つの怪談は……
 怖いと言っても、どこか人間味のあるというか、切ない物語が多いように思います。とはいえ、一人で乗り物に乗るのが怖くなるような話もありますが…… 一番不思議なのが怪談クラブそのものであることは、言うまでもありません。

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2010年8月 8日 (日)

☆『エレベーター・ファミリー』

(作:ダグラス・エバンス  訳:清水奈緒子  絵:矢島眞澄  刊:PHP研究所(2001))

  ウィルソン一家がホテルにやってきたのに、満室で泊まれないだって? でも、ここにすてきな部屋があるじゃないか。というわけで、ホテルのエレベーターが気に入って泊まることに決めちゃったウィルソン一家だけど、さてさてどうなるの?
 完全にエレベーターを自分たちの部屋と決め込み、家具は手に入れるは、食事は配達させるはと、好き放題のウィルソン一家にびっくり。でも、周りを困惑させながら、みんなを幸せにしていまうなんて、すごい! 頭のこりをほぐしてくれるような本です。(2005.10.19読了)

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2010年8月 7日 (土)

『とどろヶ淵のメッケ』

(作:富安陽子  絵:広瀬弦  刊:佼成出版社(2010))

 とどろヶ淵で一番小さい河童のメッケは、相撲大会にみんなが出かけるのに、留守番に残されてしまう。一人きりになったメッケは、異変に気づく。川の水が流れてこないのだ。原因を探りに淵を出たメッケが出会ったのは……
 ほかの淵にも残っていた仲間と共に、川の水を取り戻そうとするメッケ。自分の淵では軽んじられていたメッケだけれど、大切なことはちゃんとわかって育っていたようです。この先や過去への広がりを感じさせる物語です。

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2010年8月 6日 (金)

☆『花火師リーラと火の魔王』

(作:フィリップ・プルマン  訳:なかがわちひろ  刊:ポプラ社(2003))

 花火師のむすめリーラは、早くに母を亡くし、父に育てられる。花火師の仕事場で育ったリーラは、ごくごく自然に花火師の技を身につけながら成長する。しかし、当然花火師になるつもりのリーラに、父はとんでもないことだという。父は、リーラが花火師になる夢を捨て、花嫁になることを望んでいた。怒ったリーラは、自らの力で花火師になるべく、火の魔王の住む山へと出かけていくが...
 リーラの話と同時に、幼なじみの少年チュラクの物語も進んでいきます。チュラクは、王宮の白いゾウ専任の召使い。このチュラクとゾウのことだけでも一冊の本になりそうなのですが、リーラの旅に沿う話として、描かれます。寄り合わされ、進んでいく二人の物語に、横斜めから入り込むようにして出てくる物語もあったり、ほんのちょっとしか出てこない花火師たちが、また、曰くありげだったり、この一冊の本から、いくつもの物語が飛び出しそうです。
 『黄金の羅針盤』のシリーズ(『ライラの冒険シリーズ』というネーミングは、いかがなものかと思う)の作者が、ライトに(明るく&軽やかに)女の子に試練を与える物語を書くと、こうなるのだな、と、思いました。おとうさんがひねてない分、ライラよりリーラのほうがすなおかも。(2003.11.19読了)

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2010年8月 5日 (木)

☆『エレーナのセレナーデ』(ELENA'S SERENADE)

(文:キャンベル・ギースリン  絵:アナ・フアン  訳:小島希里  刊:BL出版(2004))

 メキシコの女の子エレーナは、とうさんと同じようにガラス吹きになりたいけれど、とうさんは女の子のガラス吹きなんて、聞いたことがないと、取り合ってくれません。そこでエレーナは、男の子に変装して、ガラス吹きを教えてくれる人を探しに出かけます。
 父親の仕事を継ぎたいと思うけれど、女の子じゃだめだ、と、言われる。その点では『花火師リーラと火の魔王』と状況が似ていますが、リーラがあくまでも女の子として花火師になるための課題をクリアーしていくのと比べて、エレーナは男の子に変装してガラス吹きをめざします。その点、リーラのほうに、より力強さを感じます。というか、真っ向勝負、という感じですね。エレーナは変化球。力で押すだけがえらいわけではないので、エレーナが間違っているわけではないです。でも、気持ちがいいのは、リーナのほうかな。というか、この本の絵が好みでないので、エレーナ評もついつい厳しくなってしまうのかも。絵を見ていたら多分手に取らなかった絵本なのですが、新聞の書評を読んでおもしろそうだったので、借りてみたのでした。いや、絵本全体がいやなのではなく、エレーナの絵だけ、好みじゃないのかも。お話のことだけ考えると、結構好きです。絵の人は雑誌の表紙やポスターで活躍しているそうだけど、こういうのは好みの問題だから、しかたない……(2004.10.20読了)

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2010年8月 4日 (水)

☆『エラゴン』

(作:クリストファー・パオリーニ  訳:大嶌双恵  刊:ソニーマガジンズ(2004))
 『ドラゴンライダー』三部作の第1部、『遺志を継ぐ者』というサブタイトルがついています。
 父は不明、母は行方不明という身の上で、伯父に育てられた少年エラゴン。偶然手に入れた美しい石がドラゴンの卵であったために、ドラゴンライダーとなる運命に放り込まれる。伯父の復讐のために、殺人者を追うと同時に、自分もまた、帝国から追われる身となる。師としてドラゴンとのつき合い方、旅の仕方を教えてくれた語り部とも別れ、エラゴンの旅は、夢で見た女エルフを救うため、帝国の反逆者たちのもとへ向かうことになる。予言された運命に向かって、エラゴンは進む。ドラゴンとともに。
 ドラゴン、エルフ、ドワーフ、魔法、定かならぬ生まれ。ファンタジーの要素をたっぷり詰め込んで、物語は読む者をぐいぐい引っ張っていきます。600ページを越える長さを飽きさせないのはたいしたものなのですが、? これって、どこかで読んだような……というエピソードも。まだ第2部執筆中だそうなので、この先どうなることか。おもしろいし、2巻も一気に読むことになるのだろうけれど、とりあえず図書館で借りればいいや、と、思ったのでした。なにしろ厚いので、そうそう気楽に買うわけにはいかない……(2004.7.7読了)

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2010年8月 3日 (火)

『四角いクラゲの子』

(文:今江祥智  絵:石井聖岳  刊:文研出版(2010))

 ユラはクラゲの子。だけど、ほかのクラゲと違っていて、なぜか四角いの。だから、クラゲたちはだれも相手にしてくれなくて、いつもひとりぼっち。そんなユラがお月様に祈ったら……
 主人公が異質な存在の場合、違っても自分なりの生き方を見つけていくとか、自分だけの力を発揮して認められていくというパターンが多いように思われるのですが、このお話は、同じ姿になったら、仲間に入れてもらえましたという、現実的(?)な流れで、ちょっとがっかりでした。

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2010年8月 2日 (月)

☆『えもじ』

(文:谷川俊太郎  構成:堀内誠一  刊:福音館書店(1987))

 「みるずかん・かんじるずかん」という子どもたちのためのかがく絵本シリーズの一冊です。交通標識あり、地図記号あり、ホボサインや象形文字まで、さまざまな「絵文字」が取り上げられています。本を借りるとき、基本的にはむすめまかせなのですが、3才のこどもが、背表紙だけを頼りにこういう本を見つけてくるのは不思議です。
 特に気に入ったのは、「動物横断標識」のページと、安野光雅氏による「動物シンボルクイズ」のコーナーのようです。(1999.10.6読了)

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2010年8月 1日 (日)

『たからものはなあに?』

(作:あいだひさ  絵:たかばやしまり  刊:偕成社(2009))

 表紙に描かれているのは、両親と手をつないで楽しそうに歩く女の子。パパとママにとって、たからものはこどもだよ、というお話が展開されるのだろうと予想できます。
 そのとおり。ただ、ちょっとめずらしいところは、この親子には血のつながりはなく、女の子は赤ちゃんのときにもらわれてきた子だということ。この絵本は、そういう事情のこどものための本であり、また、そうではない多くのこどもたちに、そういう親子もいるのだということを伝える本でもあります。

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